2017年4月25アップ          かずのり&じゅん子  

諸般の事情により『節酒は出来ないが断酒はDEKIRU』を移転しました。体力の続く限りこのホームページを継続しますので、今後とも宜しくお願いします。        初代ホームページ 2003/10/18アップ          2018年5月1日更新                        

ちぎりえ           パンジー        じゅん子作

26歳の時、5月末初めてのお産です。前夫は事故で他の病院に入院。

私は、荷物を作りタクシーで岡山の博愛会病院に一人で本当に心細い思いで入院しました。付き添いは、誰もいませんでした。
23時間20分かけて、2800グラムの息子の誕生でした。

 次の日看護婦さんに「お母さん、おっぱいの時間ですよ」と言われ、始めて我が子を抱きました。昨日まで私のお腹の中に居た子供がお乳を飲んでくれている、この柔らかさ、この暖かさ。この子の為に私は命を掛けて育てて行くのだ。その時の気持ちは嘘ではなかった。  

 子供を抱いて退院したけど、前夫の退院は時間がかかり私は、夫が勤めていた仕事を、かわりに働く事になり、小さな赤ん坊を人に預けて、長靴を履いて魚屋の仕事に復帰しました。
時間が来るとお乳が張り辛い思いをしたのです。
 入院中の夫が、夜になると抜け出しお寿司を食べに行ったり、お姐さんの所へ酒を飲みに行っている事を耳にして「女の辛さが解るんか!」と腹を立てていました。
 夫は、体調もおもわしくなくて、入退院を繰り返えし、事故の補償は入ってくるしで仕事に実が入りません。
「なんとかしなくては」と考えて、二人目の子供を作る事にしました。
 2年目に娘が産まれました。お産の10日前まで、私は長靴で仕事していました。大きなお腹が、まな板についていました。ゴムのエプロンの紐が、結べないぐらいになっていました。
 そんな頃に、自分達の店を持つことが出来るようになり、仕事は一緒にしていましたが、前夫は夜家に帰らなくなってきました。子供を二人育てながらの仕事。休みの無い毎日。クタクタです。

 私の飲酒が始まりました。眠りたい。最初はそれだけでしたが、疲れを取るため、もちろん夫の女の事もです。みえみえの浮気でした。
「私はしんどいんだよ、疲れてクタクタなんだよ」と訴えても、夫は聞く耳をもちません。酒がドンドン増えました。仕事が出来ません。もちろん子育ても出来ません。
  息子が1年生になり、ぴかぴかのランドセルをしょって小学校に行くのを見て間もなく、私は精神病院の中に居ました。

度目は早い時期に退院させてもらったんですが、2度目はなかなか出してもらえず兄に探してもらい、外泊させてもらってそのまま退院になりました。入院費を払ってもらえず、ナプキンも買えませんでした。

私の留守に、二号さんが家に入り込み、店に私の長靴をはいて出ていました。

 

現在、息子は38歳になりますが、親がヒイキ目に見ても立派なアルコール依存症です。もちろんACそのものです。

 私は息子に対して、酒を飲んでいない姿を見てもらうより他に方法が無い事は知っています。辛いですが、見守ってあげるしかありません。