2017年4月25アップ          かずのり&じゅん子  

諸般の事情により『節酒は出来ないが断酒はDEKIRU』を移転しました。体力の続く限りこのホームページを継続しますので、今後とも宜しくお願いします。        初代ホームページ 2003/10/18アップ          2018年5月31日更新                        

ちぎりえ           田植え        じゅん子作

   6月

 もう40年も前になります。娘が生まれる日も私は大きなお腹をかかえ、2歳の息子を夫の母に預けてタクシーで産婦人科に一人で行きました。
寂しいとか不安は、前の時と違い、すでに諦めの状態で、人様を羨む気にもなりません。現実はこの子が産まれたら、夫が少しは身を入れて仕事をしてくれるのでは?の大きな賭けでした。
 2600グラムの小さな可愛い女の子でした。
私の期待とうらはらに夫の外泊は止まりません。
 子供二人になると、私はそれまで以上にしんどくなり、仕事、子育てにまたまた身も心も、くたくたの毎日です。

 眠れない、寝なければ明日が辛い、もんもんとした日が過ぎて行きました。町医者に眠り薬をもらいに行きました。3日分しかくれません。
店の空いた時間に、薬をもらいに行くのは大変な苦労がいりました。
 店の隣が肉やさんです。ある程度の事情を知っていましたから「そんな薬飲んでいたら本当の気違いになるよ。ビール飲む様にした方が良いよ」と教えてもらいました。
その夜からビール2本さげて、二人の子供を連れて団地に帰る様になりましたが、もともと飲める口を持っている私はビールで収まるはずがありません。
すぐ1升瓶になり、瓶はかさばるので、すぐウイスキーに変わって行きました。
 レッドのウイスキーは、気持ち良く私の身も、心もとき放ってくれました。
でもそれがアルコール依存の入り口だとは思ってもいませんでした。
 子供を寝かせた後私の一番楽しい時間です。おかずなどいりません。
そうなると、今まで帰ってきて欲しかった夫が、1ヶ月に一度帰って来るのがうとましくてたまりません。気分良く飲んでいるのに、なんで帰ってくるん?「そうか、今夜女にフラレて来たのか」まじでそう思っていました。
 二日酔いが始まりました。朝酒になりました。店で酒が切れます。手が震えます。伝票が書けません。トイレに行く振りをして二階の喫茶店に走ります。コーラの中にウイスキーをダブルで入れてもらい、一息入れるのです。
 でも悲しいけど、これも長く持ちません。数日で夫に知られてしまい「お前二階のママさんに聞いたぞ、ウイスキーを飲みに行っているそうじゃな」と怒鳴られてしまい、行き場を無くした私はふてくされて酒のある場所を探すはめになりました。客やのに、いらん事しゃべるママさんに腹を立ててました。

 もう酒が無ければ辛い体になっていました。やがて子供の世話が出来なくなり、店にも出してもらえなくなり、すべて出来なくなって行きました。
 お金は一円も持たせてくれません。でも私の酒にかける執念は半端でなく、酒の地獄に落ちて行ったのです。そして、精神病院へ。