2017年4月25アップ          かずのり&じゅん子  

諸般の事情により『節酒は出来ないが断酒はDEKIRU』を移転しました。体力の続く限りこのホームページを継続しますので、今後とも宜しくお願いします。        初代ホームページ 2003/10/18アップ          2018年8月31日更新                        

ちぎりえ        満月と桔梗       じゅん子作

秋の彼岸に

  「私から酒を取ったら何も残らない。夢も希望も生きていくすべもわからない。30歳から飲んだ酒が止まるはずがない」と思い続けていました。

 40歳で、岡山県立病院へ兄に連れて行かれ、玄関で精神科、神経科と書いた看板を見た時「ああ、子供を育てられなくなった私が来るところに来たのだと、後ろで鍵のかかる音を聞きながら覚悟を決めた」。

 院内で断酒会があるからと誘われて、男の人たち10人ほどについて行ったが、女性は私一人で何をしゃべってよいのやら分からず、隣の人に「何と言ったらいいん?」と聞いたら「名前を言って、頑張ります」といえばいいと教えてくれました。

蚊の鳴くような声でそれだけを言って座っていたのを覚えている。

 入院患者なのに掃除、食事当番、行軍と色々忙しくもちろん断酒会にも出席し、他の病院の院内例会も仲間と一緒にほとんど毎日出かけて行った。県外の記念大会や研修会に連れて行ってもらい随分と断酒会にも慣れてきて友達も沢山できて少し酒をやめている時間が長くなった頃、盆に墓参りに行った時、兄が一人で留守番をしていた。

 少しの間酒を止めている私を、兄は喜んでくれて断酒会の話を必死に聞いてくれた。そして「秋の彼岸にまた来るから」と約束をして玄関まで送ってくれたのが最後の姿だった。

 921日大きな梨を5つ買って、約束通り素面しらふで墓参りに帰った。玄関に妹が泣きべそをかいて立っていた。「兄ちゃんは?」と聞くと「兄ちゃんはもうおらんわ」と大粒の涙を流していた。玄関に入ると応接間があり棺桶のようなものが見えた。

兄ちゃんだと直ぐに分かった。兄嫁が「もう順ちゃんには合わせられないかもしれないと思っていたけどよう帰って来てくれた」と大泣きをした。兄は、まだ頭に包帯を巻いたまま布団に寝かされていた。私は、泣きながら「酒をやめているんやで、飲んでないんやで」と叫んでいたが返事はない。

 翌日が友引で23日のお彼岸の中日が葬式になった。会社の人達が大勢来てくれて盛大なお葬式だった。私の飲酒で根限り迷惑をかけてきた兄に、家の周りに真っ赤に咲いている彼岸花を一杯棺桶の中に入れてあげた。